ピアノ調律師の基礎知識

 ピアノ発達史

ピアノの前身の楽器、チェンバロとクラヴィコードから、ピアノが誕生してから現在の形になるまでの発達の歴史です。→ピアノ発達史年表はこちら


 ピアノ前身の楽器

チェンバロ
ピアノの前身ともいえる楽器、チェンバロは中世より長い歴史があります。
バロック期には全盛をむかえ、当時の上流階級にとても愛されたました。
チェンバロとピアノはどちらも鍵盤をもった弦楽器で、外見上よく似ています。しかし発音原理が異なり、ピアノはフェルトで覆われたハンマーが弦を叩き、一方、チェンバロはプレクトラムと呼ばれるツメで弦をはじくことにより発音します。
呼び名はイタリア語である「チェンバロ」が現在では一般的ですが、「ハープシコード(英語)」、「クラヴサン(フランス語)」も基本的には同じ楽器です。
鍵盤を押したとき、その高さの音がでるレジスターを「8'」(8フィート)、1オクターブ高い音が出るレジスターを「4'」(4フィート)と表記します。
これは、もともとパイプオルガンのレジスターの表記で、長さが8フィート(約2.4m)のパイプがCの音を、長さが4フィート(約1.2m)のパイプがオクターブ上のcの音を出すことに由来しています。

クラヴィコード
1500年頃から1700年頃にドイツを中心に、広く使われていた鍵盤楽器のひとつ。
構造はチェンバロが發弦であるのに対し、ピアノと同じ打弦楽器であることからチェンバロと同じくピアノの前身の楽器とされています。
チェンバロやピアノと比べると、小型で音量は小さく、コンサートで演奏する楽器というよりかは、屋内でテーブルの上において練習や作曲するのに広く用いられていました。後期に製作されたクラヴィコードは音域の広いものもあるようです。


 ピアノの誕生

クリストフォリのピアノ
1709年、イタリアのチェンバロ製作者、バルトメオクリストフォリによって打弦機構を持つ新しい楽器、「ピアノ」が発明されました。
チェンバロとクラヴィコードから改良されたもので、打弦機構を持つことにより、2つの楽器の長所を持つ画期的な発明であったと思われます。
 強い音も、弱い音も出せるチェンバロというところから「クラヴィ・チェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」と名付けられ、その後「ピアノフォルテ」、「ピアノ」と省略され、現在の呼称が生まれたといわれています。
 1711年には3台のピアノが作られたとされていますが現存せず、1720年に改良されたピアノ(4オクターヴ4度)のピアノが世界最古のピアノとしてニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されています。

ジルバーマンのピアノ
1726年、クリストフォリはエスケープメントやダンパーを発明しました。クリストフォリの弟子であるジルバーマンはそれらを改良したピアノを製作し、1736年、J.S.バッハにこのピアノを紹介しました。J.S.バッハが1747年フレデリック大王の前でピアノを演奏したことが史実として残っています。
 1722年に平均律を採用したJ.S.バッハは1722年と1744年に「平均律クラヴィア集」を作曲しましたが実際にピアノを使って作曲していたという記録は残っていません。

J・Aスタインのピアノ
1775年、チェンバロ製作者のスタインは独自のエスケープメント機構を備えたピアノの製作を始めました。当時としては非常に弾きやすい軽やかなタッチであったそうです。この頃になると、ピアノのハンマーアクションも完成度が高く、多くの作曲家に受け入れられるようになりました。
 1777年、モーツァルトはスタインのピアノを弾いて感激し、晩年までそのピアノを愛用したそうです。当時のピアノにはダンパーペダルはまだ無く、棚板下のレバーをひざで操作するタイプのダンパーでした。しかし現在のピアノのように鉄骨フレームや鋼鉄弦が使われておず、それ程音量も大きくなかったので止音が良くないダンパーであっても充分その演奏にたえるものでした。


 ペダルの発明

1783年、イギリスのジョンブロードウッドによってペダルが発明されました。
1791年没しているモーツァルトはその存在を知っていてもペダル付のピアノで作曲していた訳ではなく、本来モーツァルトの曲にはペダル記号がなかったのです。ダンパーペダルが演奏に与える効果は絶大で、ベートーベンはブロードウッドのピアノを愛用して多くのピアノ曲を作りました。ピアノの音域も5オクターブになりました。
 また、ブロードウッドは1808年に鋳鉄プレートを持つグランドピアノを考案しています。


 アップライトピアノの発明

1800年、ホーキンスは最初のアップライトピアノを発明しました。響板を支える鉄製のフレームを持つもので、現在のアップライトピアノの原型となっています。しかし、音量が小さくて試作で終わりました。


 鉄骨と弦の進化

トーマス・ラウドの交差弦
1802年、トーマスラウドによって低音の弦と中・高音の弦を交差させて張る「交差弦」が発明されました。初期のピアノは全ての弦が並行に張られていましたが、交叉弦にすることで少ない面積に長い弦を張る事ができ、駒の位置によって得られる音のバランス効果から、澄んだ迫力ある音が出るようになりました。

ダイヤモンドダイスと鋼鉄弦
1819年、ダイアモンドダイスが発明され、1835年に精度の高い鋼鉄線が発明されると、ピアノに採用されました。これにより、張力10kgの鉄線のピアノ弦よりも張力80kgの鋼鉄線のピアノ弦のほうがはるかに音量も大きく倍音も豊かで、もはや鋳鉄製フレームでなければピアノの全張力を支えることはできなくなりました。

チッカリングの総鉄骨
1840年、チッカーリングはグランドピアノ用の総鋳鉄製のフレームを考案しました。現在のピアノと同じようにチューニングピン部分のプレートとアグラフブリッジを一体化したものでした。これはバブコックのスクエアピアノ用鋳鉄フレームとは違い張力を計算に入れた本格的なものでした。

スタインウェイの二重巻線
1859年に低音部の巻線の軟銅線を2重に巻くことによって弦長を短くおさえる「2重巻線」の発明に成功しました。この頃には現代のピアノと同じ7オクターブ1/4、ペダル2本のピアノが製作されています。


 アクションの進化

エラールのダブル・エスケープメント機構
フランス人のピエールエラールはフランス革命前にイギリスに渡って当時のピアノに多くの改良を加えました。なかでも1821年にレペティションレバーを採用したダブル・エスケープメント機構はピアノ発達史上、最大の発明といわれ、同じ年に特許を取得しています。現在のすべてのグランドピアノの連打性能はこのダブル・エスケープメント機構が礎となっています。


 第二次世界大戦の影響

戦火を逃れたスタインウェイ
1849年、ドイツからアメリカに移住したスタインウェイの一族は1853年、ニューヨークでアップライトピアノの製作を開始しました。1856年にはグランドピアノの製作を開始しています。
一方、第二次世界大戦によりヨーロッパは荒廃し、ドイツにある名だたるピアノメーカーは工場の被災などによりその多くが生産休止に追い込まれていました。アメリカに移ったスタインウェイだけは戦後もピアノ生産を続けられたことにより、コンサートピアノを中心に、世界中のピアノシェアを幅広く占めました。その結果、後に発展したほとんどのピアノメーカーがこのスタインウェイを手本に製作されています。







 理論と作業工程
 第1章 ピアノ概論
 1 音楽の知識
 楽典
 西洋音楽史
 楽曲
 作曲家
 音楽産業
 2 楽器の知識
 楽器の分類
 ピアノの種類
 ピアノ発達史
 世界各国のピアノ
 使用と保守管理

 第2章 ピアノ構造論
 機構と材料
 発音機構
 打弦機構
 ペダル機構
 外装

 第3章 ピアノ調律論
 音の性質
 ピッチ
 平均律と各種音律
 検査方法
 張力計算
 カーブ
 調律音程

 第4章 ピアノ整調論
 手順及び寸度
 関連工程
 症状別対処法
 機能点検

 第5章 ピアノ修理作業
 発音機構
 打弦機構
 ペダル機構






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